LOST

覚えておいて。 僕は君を好きだよ。 【 lost 番外編、艶 】 何度も後悔した。 何故僕は一番に出会わなかったのか。 何故僕は彼をもっと早くに見つけられなかったのか。 僕だけの存在にしたい。 その目に僕だけを映していて欲しい。 僕だけを。 僕は売りをやっていた。 まぁ、顔は可愛いし、相手には困らなかった。 ただ、ちょっと…何となくその日はヤル気が失せちゃったから、 引っ掛けたオヤジを伸して帰ろうと思ったんだ。 ところが以外。 そのオヤジ、柔道だか空手だか知らないけど有段者だったらしく、 僕は強姦されかけた。 その時、彼は現れた。 いや、正確には彼らだったが。 「ぅわ、見てよ、爛。 盛りのついた猫ならぬ、盛りのついた猪がいる。」 特に何も思っていないような声で、彼は言った。 その髪は、今日の満月に良く映える銀色で、 僕に襲い掛かっていた男が、 僕の上で息を呑むのが分かった。 「あぁ? シュン…何でお前はそう面倒ごとに首を突っ込むんだ?」 シュンと呼ばれた彼の後ろから現れた、 炎のように真っ赤な髪の男は、 さも呆れた様に言った。 「仕方ないじゃないか、 物音がしたんだから。」 不可抗力だと彼は笑う。 その姿があまりにも美しくて、 何だか僕ごときが彼に声をかけるのがおこがましく感じた。 なのに… 「き、君…可愛いね…いや、綺麗だっ。 お金は君の良い値で良い…だから…」 まるで空気を読まない下等生物。 僕は一気に眉根を顰めた。 それは、赤髪の青年も同じ様で、 殺気とも言えるオーラを放っている。 しかし、オヤジは気付かない。 彼しか目に入っていないみたいだ。 あぁ…彼が穢れる。 そう思ったら、オヤジの頭を鷲掴みにして、 コンクリートに一気に打ち付けていた。 醜い手足をばたばたと蠢かせながら、 オヤジは奇声を上げ、 その合間に助けや許しを請う。 それが更に醜くて、 オヤジの頭を掴む手の力を強めた。 「ホント…死んじゃいなよ。」 思わず本音が零れた。 「もう良いよ。」 「!?」 不意に聞こえた柔らかい声と、 手に触れられた温もり。 僕は我に返って、ゆるりと手から力を抜いた。 どさりと、肉の落ちる音がしたが、 僕の視線はもう彼に釘付けだった。 彼は…シュンは優しく微笑んでいた。 僕の体には、オヤジの返り血であろう赤いもので穢れていたのに、 シュンは、そんな穢れた僕にニコリと笑って見せた。 そればかりか… 「ありがとう。」 「……え?」 「僕の為に、怒ってくれたんでしょ?」 違った?、と首を軽く傾ける。 銀髪がさらりと揺れて、 左側の首筋が露になる。 後ろでは、赤髪の青年…爛と呼ばれていただろうか、 彼が面白くなさそうにしている。 それだけで、彼が一番初めに彼に魅せられたのだと悟った。 今まで、彼を独占していたのかと思うと、 殺意が再び湧き出しそうになったが、 彼を見つけられなかった僕も悪かったので、 それはそっと心の奥に閉まった。 もぅ、決して独り占めにはさせないけれど。 「僕ね、艶て言うのっ」 「僕はシュンです。彼は爛。 ねぇ?どうして売りなんてしてるんです?」 「…やってる間だけは、僕を愛してくれるから…」 「…そう。 でもね?覚えておいて、 僕は君が好きだよ。」 「……。」 僕は驚きに目を見張った。 シュンは再び微笑む。 「初めて会ったばかりだけどね、 僕は君みたいな真っ直ぐな子、好きだよ。」 それから僕はシュンの元に毎日訪れた。 シュンはいつも笑って僕の頭を撫でてくれた。 それだけで、今までの虚無感が嘘のように、 僕の心は満たされていった。 ある日、 「アイツは天然タラシだから、 俺らが守らなきゃいけねぇんだからな。」 ぶっきらぼうに爛が言った。 それが不器用な彼の優しさだと気付くのは容易だった。 僕らは似たもの同士だから、 シュンを手放すなんて出来ない。 爛とシュンの間に何があったかは僕は知らない。 でも、 「僕、爛の事も好きだよ。」 「フン。俺はシュンだけで良い。」 ほら、そんなところまで一緒。 そんな当たり前の事を言う爛がおかしくて、 僕は何年かぶりに声を上げて笑った。 -END-